Episode5

 

フェイク・タウン建築散歩 〜小矢部〜

Chapter1 Chapter2 Index

 


2.「東大安田講堂」他


3.「奈良国立博物館本館」他


4.「東大教養学部」他


5.「銀座和光」&「聖徳記念絵画館」


6.「東京駅」

 

 

 

 さて、前回でみなさん御察しのことと思うが、この小矢部という町、町中が有名建築のフェイクで満ちているというすさまじい町なのである。いや、フェイクと呼ぶのは失礼かも知れない。それらの建物は、そのモデルとなった有名建築とは別の高みへと飛翔を遂げているようにも思えるからだ。その多くが学校や幼稚園、それに公民館などであり、その辺りがちょっと擬洋風建築を思い起こさせる。原型に対する新たな解釈と言う点でも似ている。

 どうしてまたこんなことになったかというと、そもそも当時の市長が、「小矢部をメルヘンの町に」という政策を進めた結果なのである。詳細はよく分からないのだが、まあ要するにはワンマン市長の趣味と言ったところではないか。実際、メルヘン建築群の中には東京大学の校舎を模したものが数多くあるのだが、これは市長が東大出身であることと深い関わりがありそうである。もっともこの市長、元は建設官僚だったそうが、官僚らしからぬ面白い人物だったのだろうと思う。とにかく、1980年代から90年代まで、ひたすらこういう建物を建て続けたというのはすごい。80年代初期には、全国的に話題になったこともあるそうだ。

 では、建築散歩を続けよう。実は中学校の体育館である中之島公会堂の横には、見事な尖塔の目立つ建物がある。塔の先端はオックスフォード大学の学生寮とのことだが、本体部分は言わずと知れた東大の安田講堂で、正面玄関は同じく教養学部である。安田講堂は、安田財閥(現みずほグループ)の安田善次郎(この人の名前は、JR鶴見線の駅名にもなっている)が大正の終わりに寄付した建物で、設計は同潤会でも知られる建築家の内田祥三である。東大闘争における、機動隊との攻防戦の舞台として、あまりに有名な建築物である。

 続いて、別の建物へと移動する。目の前に現れた建物は、何となく見覚えがあるような気はするが、しかし何だか分からない。愉快Eに聞いてみても、同じく「どこかで見た気がしますね」というばかりだ。パンフレットを見ると、これは奈良の国立博物館なのであった。道理で見たことがあるはずである。僕は年に数回、奈良公園に鹿を見に行くのである。あれはなかなかかわいい。余談はさておき、この奈良国立博物館本館、赤坂の迎賓館で知られる片山東熊の設計による建物で、完成は明治28年。フレンチ・ルネサンス様式の傑作と呼ばれ、重要文化財に指定されている。これを選ぶとは、なかなか渋い選択ではないか。

 またしても登場した東大を経て、次に我々の前に姿を現したのは、これまた何やら見覚えのある時計台である。そう、これは東京を代表する建築物、あの銀座和光(服部時計店)である。昭和7年に完成したこの時計台は、服部時計店本店のシンボルとして設計され、今に至るも銀座の顔として時を刻み続けている。テレビCM第一号となった時報や、元号が平成に変わる瞬間を知らせるニュースなどにも登場し、日本で最も有名な時計だと言っても過言ではないだろう。

 建物の部分は和光とは全く違っていて、こちらは明治神宮外苑にある「聖徳記念絵画館」をモデルにしている。明治天皇・昭憲皇太后の偉業を讃える絵画数十点が展示されているというすごい美術館で、大正15年に完成。本来、中央部の天井はドーム状になっているはずなのだが、この建物においてはその部分が和光の時計台になっているわけである。それでも、ほとんど違和感がないのが面白い。この町の建築群の中でも、合成が最もうまく行った見本ではないかと思う。

 他にもこの町には、札幌時計台だのニコライ堂だの、オーストリアのシェーンブルン宮だの色々あるのだが、最後に一つ、超有名建築を紹介しよう。写真を見れば一目瞭然、あの東京駅である。日本を代表する大建築家、辰野金吾の設計によって大正3年に完成したこの建物は、駅舎建築の最高傑作として、今もその姿をとどめている。古都の玄関口であるJR奈良駅やJR二条駅でさえ引退したというのに、首都のど真ん中にあるこの駅舎が生き残ったのは素晴らしいことではないだろうか。

 さて、これで建築散歩は終わりである。それにしてもディテールなど、実は本物とは似ても似つかないはずのこれらの建物なのだが、しかしそれでも中之島公会堂であり、和光であり、東京駅なのである。この辺りに、名建築が持つ優れた記号性を改めて感じた次第であった。ランドマークとは、斯くあるべきだろう。

次回(Episode6)は、
盆地の都 〜伊賀上野〜」です

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